極度の睡眠不足に陥ると「黒色」が「深緑色」に見える理由

先月の話だけど,1日2, 3時間以下しか睡眠が取れない日が続き,
一番酷かったときは,週の睡眠時間が計7時間程度だった.
さすがに,週の合計睡眠時間が7時間のときは,
入眠時幻覚を伴う睡眠麻痺(入眠期レム睡眠に起こる;いわゆる金縛り)が起こったり,
寝てるつもりが無いのに気づいたら寝ていたり,あるいは起きてるのか寝てるのか分からなかったり,
そして,タイトルにあるように「黒色」が「深緑色」に見えたりした.

これ,何でだろうなーと思ってはいたけど,特に深く考えたことが無かった.
でも,今日ふと見つけたんだけど,極度の睡眠不足に陥ると,
多くの人が「黒色」が「深緑色」に見えるって経験をしているようだ.

 睡眠不足で黒が深緑に見える – コトノハ

ますます,何故そうなるのか気になってしまう.
気になると,ついつい理屈で何とか説明しようとするのが理系の悪い癖.
というわけで,簡単にググった感じでは,答えが出てこなかったので,
自分の知っている知識の範囲で,説明してみようと思う.

まず,視覚を考える上で,目の構造について.
目にある光を感じる細胞(光受容細胞)には大きく2種類ある.
この2種類の光受容細胞を,桿体細胞と錐体細胞と言い,
桿体細胞は光に対して感度が高い反面,色を識別できない.
錐体細胞は光に対して鈍感である反面,青,緑,赤の3色を識別できる.
(桿体は1種類しかないのに対して,錐体は3種類あるため;詳しくは参考[2], [3])

桿体細胞は光に対して感度が高いが,色の識別ができないため,
光の濃淡の判断をする細胞として,コントラスト細胞と呼ばれたりする.
そして,錐体細胞によって色覚を発現するため,RGB細胞と呼ばれたりする.
(コントラスト細胞やRGB細胞って言い方は,おそらく一般的ではないが)

そのため,今回は色の話なのと,暗所ではなく明所での話なので,
桿体細胞はおいといて,RGB細胞である錐体細胞に焦点をおいて話を進める.

さて,錐体細胞は青,緑,赤の三色(いわゆる光の三原色)という色覚を発現するが,
これは,厳密に言えば,それぞれの光が持つスペクトラムを吸収して,
色情報として神経信号に変換するということ.
そして,それぞれのスペクトラムに対する感度というのは,実は違う.
ヒトの視感度がピークとなる波長は,明所では555 [nm]であり,暗所では507 [nm]となり,
その波長をピークにして,波長が長くなるにつれ,あるいは短くなるにつれ感度は落ちていく.
このときの感度を基準として,他の波長の光に対する感度を比視感度というが,
その比視感度と実際の光のスペクトラムを比較すると,
緑色の波長が最も感度良く見えるということが分かる.

さて,ここまで書けば結論はあとは言わずもがなだと思う.
睡眠不足によるストレス等で,光受容細胞,特に錐体細胞が弱り,
それによって,色覚が弱ったために,最も感度の高い緑が残った.
その結果,黒色のものが緑がかって見えてしまったのではないかということだ.
例えとしては,緑色のスポットライトを全体に当てていく感じだろうか.
元々色を持っていない物のほうが,うっすらその色が掛かっていく.

ようは……極度の睡眠不足で,軽度の視覚障害に陥っているということ.

おそらくは,上記のような理由で,「黒色」が「深緑色」に見えたのではないだろうか.
その他,脳機能を考えると,別の可能性も見えてくる.

色の情報というのは,上述したように,網膜における3種類の分光感度の異なる
光受容細胞(錐体細胞)によって,光刺激が神経信号に変換されることで,脳に伝達される.
そして,その情報を脳は処理して,各色として認知される.

先行研究から明らかになっているように,照明光が変化しても色の見え方は
極端に変化しないという「色恒常性」というものは,高次脳機能により発現される.
この視覚における基本的な性質は,脳損傷者においては損なわれてしまうことがあるらしい.

また,睡眠不足によって,脳活動が部分的に休止状態に陥るということが知られており,
それによって,脳機能が低下するということが先行研究から明らかになっている.
もしかしたら,脳活動が部分的に休止状態に陥ることで,色恒常性が損なわれた結果,
「黒色」が「深緑色」に見えてしまうのかもしれない.

まあ,どちらが原因かは僕には分からないし,断言はできないけども,
ある程度は,納得のいく説明ができたんじゃないかなと思う.

参考文献:
[1] 視覚 – Wikipedia
[2] 錐体細胞 – Wikipedia
[3] 桿体細胞 – Wikipedia
[4] 眼のしくみと機能 – メルクマニュアル医学百科
[5] 脳と色覚 – CiNii
[6] 睡眠不足で思考能力が低下するのは,脳活動が部分的に休止状態に陥るから
 

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極度の睡眠不足に陥ると「黒色」が「深緑色」に見える理由 への6件のフィードバック

  1. Tanimura Akio より:

    最近になって、電車の中で居眠りをしていて目が覚めた直後に、この症状が出るようになりました。あんまり鮮やかに黒だけ緑に見えるので、まずい病気の兆候か?と気になっていました。おかげさまで、安心できました。

  2. Funmatu より:

    はじめまして.コメントありがとうございます.

    徹夜明けや極度のストレス状態,疲労が溜まっているときなど,黒色が緑(特に深緑色)にみえるという症状はよく聞きますし,自分でもよく体験するのですが,いざ調べてみると意外にこれといった情報が無いんですよね.ネットで調べても,文献・論文等を漁っても,体験談はあれど理由がわからない.ネット上にもいろいろ疑問に思っている人は大勢いるのに,これといった情報がない.そのため,いろいろと調べながら,この記事を書かせていただきました.少しでもお役に立てたならば,幸いです.

    ただ,注意していただきたいのですが,この記事を書くにあたって,いろいろと調べたのですが,残念ながらこの件に関してのエビデンスを見つけることができませんでした.そのため,この記事はあくまで僕自身の推測,感想になりますので,あくまでもひとつの仮説・・・程度に捉えていただけると幸いです.

  3. 考えない葦 より:

    緑以外の感度が下がるため起こるのなら、白色を見ても緑に見えるのでは?
    なぜ黒だけ緑に見えるのか…自分の場合、しっかりと緑色に見えるので、上の説明だけではまだ疑問です。不思議

    • Funmatu より:

      はじめまして.コメントありがとうございます.

      「専門ではない」という事を最初に言明させて頂いた上で,
      エントリ内容と合わせて補足説明させて頂きますね.

      色覚異常者(L, M,S錐体のいずれか欠けている或いは弱い;L,M,SはそれぞれRGBに対応)の方の色の見え方を考えると分り易いのですが,「白色」というのは,感覚的な話もあるので僕等と全く同じかどうかは分かりませんが,「白色」として知覚できるものなんですね.その理由として考えられるのは,ヒトの光を感じる細胞は大きく桿体細胞と錐体細胞があり,桿体細胞は色覚はほぼ無いのですが感度が高く,錐体細胞はRGBに対応した細胞があり,色覚に大きく寄与しています.なので,ヒトの視覚細胞というのは光学的にみるとRGBWに対応していると置き換えられます.その為,色覚に異常を来している場合でも,「白色」を誤認し難いのだと考えられます.「白色」は「色」と云うより,「明度が非常に高い状態」と考えた方が分り易いかも知れないです.逆に「黒」というのは「明度が非常に低い状態」「物体表面の反射率が非常に低い状態」という事なので,僅かに反射された光に対して,ヒトはどの様に色を知覚し,それを認知しているのかといった,色覚に関する議論が重要になってくるのではないでしょうか.

      視覚というのは不思議でヒトは光源色(光源から直接眼に入る光)と物体色(光源が別にあって反射して目に入る光)では知覚や認知が異なります.物体色(日常で目に写る見え方)では光源の波長,背景色,その物質の質感,認知的要因によって影響され,任意の「色」として知覚されますが,光源色として知覚されると,その様な外部要因は関係なく,ほぼ光源波長のみで色覚が得られます.例えば,極端な疲労,睡眠不足で脳が弱っていて,物体色と光源色のモード切り替えがご作動していたとします.僕等が「黒」と思ってみているものは,周辺のものより反射率が大きく低い為に,(物体色としては)「黒」として認識されているけども,光源色でみた時に,全く光を反射していない事はあり得ないので,その反射されている光が知覚された.それが,「深緑色」だったと.そういう可能性も考えられるのでは無いでしょうか.

      「黒色」が「深緑色」にみえる状態の時に,完全放射体(黒体)をみたら何色にみえるのか,或いは人間の眼と同程度以上の性能のカメラで黒色のものを撮って,それをディスプレイに映したものと,実際の物体をみてみえ方が変わるのかを調べるとか.そんな実験をしたら原因が明らかになるかもしれませんね.少なくとも,上記仮説が正しいのか,間違っているのか,検証できそうです.

      この問題っておそらくは高次脳機能による所が大きいんだと思います.
      が,考えられるファクターが多すぎて,何とも言えないですね..

      「このように考えられるのでは」という事しかご提示できませんが,
      疑問に少しでもお答え出来ていれば幸いです.

      追記(2014/09/08):
      コメント中に誤字を発見したので訂正致しました.
      「誤:幹細胞 → 正:桿体細胞」

  4. うたん より:

    ずっと気になってたんですが、ほかにもこういうことを経験する方いるんですね。
    私の場合はもっと特殊
    で、学生だったころは授業中眠くて眠くて仕方なくなった状態で教科書等の文字を見ると深緑以外の色にもなっていたと思います。いうなればカラフルに明滅していたレベル。
    とくに、文章の上に蛍光ペンで線を引いたような模様も出ていました。
    おかしなことに、文章全てに出るわけではなく、本当に蛍光ペンで重要な部分のみマークしたように模様が出ていました。
    授業中はよく寝るタイプだったので、毎日のように経験していたことです。(今でも仕事中に眠くなるとパソコンの画面で同じことが起きますが)
    もう脳が半分暴走しているような感じですね。起きながら夢を見ているような。
    ただし幻覚や金縛りなんてものにはあったことないですし、あくまで色覚のみが狂うだけでした。
    調べても同じ経験をしてる人っていないんですよねぇ。

    • Funmatu より:

      はじめまして.コメントありがとうございます.

      僕もそれと似た様な経験がありますが(僕の場合はそれプラス良く文字が浮き上がって踊りだしていましたが……),僕の場合は入眠期レベルの軽睡眠状態で現実と漠然とした考え(所謂,夢)が混在した状態なんだろうなと考えています.入眠期には視覚や聴覚など感覚器官への刺激が完全にはシャットアウトされず,認識力も低下している為に,夢と現の区別が付かなくなります.うろ覚えですが,大体半数以上の人が,PSG(睡眠診断)で入眠期(睡眠状態)と診断される状態でも『自分は起きている』と感じるそうです(寝付くまで30分程度掛かると言う人を調べてみると,実際には10~15分程度で寝付いているという方が多い).

      入眠期にみる夢というのは,レム睡眠期の夢とは違い,意識下に於ける思考が大きく反映されるので,授業中等で強く意識している部分(重要なパート等)が影響し,例えば「蛍光ペンで重要な部分のみマークしたように模様が出たり」するのではないでしょうか.

      もう一つの可能性としては,眠気とかその他の類を引っ括めて『ストレス』として考えると分り易くて,例えば閃輝暗点と同じ様な理由でその現象が起こっているのかもしれないですね.一過性のストレスで視覚野の血管が収縮し,それが視覚に何らかの影響を与えているのかも知れません.

      多分,仰るような経験って,特筆する事でも無いので余り情報が無いだけで,多くの方が同様の経験をされているんじゃないでしょうか.こうしてみると,色々な方が色々な体験をされているんだなとしみじみと感じます.害がある訳ではないので,余りこの手の情報が共有化される事も無く,ざっくりと調べた限りではですが,これといったエビデンスも見当たらないですが.面白いですよね.

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