宗教の成り立ち

注意:
このエントリは特に何も調べず、思い込みで書いています。
内容に一切の責任は負いません。負えません。

ふと宗教の成り立ちについて漠然と考えていたんだけど、
割とキリスト教とか仏教、神道は想像が付くんだけど、
新興宗教ってどういう過程で生まれ、組織化していくのかなーと。

例えば、仏教やキリスト教。
大元の流れはさておき、日本での流れは大体同じで、
飴と合わせて広がった感が強い。
例えば、仏教はその当時の最先端の技術、文化と合わせて取り込まれた。
ファッションやトレンドと同じで、貴族の間で仏教に帰依する事が
格好良いというイメージがあったから広がった。
それ以降、平民の間に広がった理由は、
炊き出しなんかの明確な飴があったからに他ならない。
キリスト教が日本で流行った切っ掛けも似た様なもんだ。
後は基盤ができれば、より哲学的、精神的な信心の話になるんだろうけど、
そこはまあどうでも良い。そこに至るまでの過程が知りたい。

神道はもっと根源的、原始的な考えがあって、それを根拠にして広がった感はあるが、
「神道」として形作られ、形式化された要因は権威を明らかにする為、
権力の主張があるんだろう。
大自然の脅威、雄大にして偉大な現象を神と結びつけ、
それを形式化して道とする事で、時の権力者は自分の神の代行者、
或いは神そのものとしてその威光を語った。
まあ、当時は原始的、言い換えれば皆素直だから、
それでポンッと広がっていくのも分からなくも無い。

それぞれ、何故「宗教」として成せたのか、
日本で広がっていったのか、この辺りは大体分かる。
分からないのは新興宗教と云われるもの。

例えば、天理教。奈良の天理市に本拠地を構え、一大宗教となっている。
別にそれは良いし、教えも悪くない、というか一般的な宗教にありそうな内容だけど、
流行った切っ掛けは何なのか。

もともと、天理教の発端は明治時代の3つの新興宗教として日本史に出てくる位だから、
明治初頭だろう。で、創始者が出てくるのはどっか片田舎だった筈。
新興宗教によくある奇跡を起こせるというので、人気が出たのが切っ掛けだと。
当時はまだまだ田舎というのは閉鎖的で情報的に隔絶された世界なので、
少しでも医療知識があれば奇跡は簡単に起こせただろう。
気になるのはそこから先。ローカルのコミュニティで人気が出る位は簡単な話で、
それをグローバルに流行らして「宗教」として確立させた過程が気になる。
結局、キャズム理論と同じで、十分な初期市場(信奉者)を形成できれば、
キャズムを超えてメインストリーム市場(宗教化して信者)を生む事ができるんだろうか。

そして、最大の謎が幸福の科学。
幸福の科学がいつ頃生まれたのか知らないけど、早くとも昭和以降、
名前を聞くようになったのは本当に最近だろう。
つまり、現代、このご時世に生まれ、宗教を成したって事だ。
奇跡なんて無いこの世の中で、何を切っ掛けとして、
どんな過程で広がっていったのか、不思議で仕方がない。

でも、不思議と言えば、オウム真理教だってそうか。
あれは、あの広がり方は最早流行病の様だった。
ただ、メインストリーム以降の流れは理解できる。
あれは広報その他がやっぱり賢いんだなって思う。
まさにマーケティングそのものだった。
小学生が学校で楽しそうに歌ってたんだもんな。
「しょーこーしょーこーあさはらしょーこー♪」って。

ただやっぱり気になるのは、じゃあどうやって
キャズム(相転移点)を超えられたのかって所。
初期市場はどの様に形成されたんだろうか。

物事って何でも一番最初の切っ掛けが大事で、
そこが一番気になる所なんだけど、そこが一番謎なんだよねえ。

オウム真理教はそれこそ東大、京大出のエリートが挙って信仰し、
あの様な過程を経たけども、一体どんな切っ掛けで入信したのか。
そもそも、オウム真理教という宗教が出来てから、彼等は入信したのか、
オウム真理教が出来る中で、或いは初期市場の段階で
(まだオウム真理教という「宗教」にもなる前に)彼等が入信し、
その結果メインストリーム(オウム真理教という宗教)が生まれたのか。

「宗教」とは何なのか。

それは簡単な話で、なんぼでも説明される話だけど。

「宗教」とはどの様に発展していくのか。

これも少し考えれば大体想像が付くけど。

「宗教」とはどの様に生まれるのか。

これは何かよく分からんね。
新しく宗教を作るのって、考えてみると起業と近いんだけど、でも決定的に何かが違う。
それがいまいち分からない。

ま、分かったらその時は新しい宗教でも立ち上げるか(ฅ¯ω¯ฅ )

カテゴリー: 日記 パーマリンク