「トランプが流行る米国はヤバい」ではなく「今の米国が求めた結果がトランプ」だろう

「トランプみたいなのが持て囃されるなんて……」とマスメディアでもよく云われているが,それは因果関係を全く誤解しているのではないだろうか.トランプは元々シティサイドの人間で,トランプの支持層はカントリーサイドに多い.あの考え方は,中下層の現状に不満がある低所得者層,カントリーサイドの人間の考え方だろう.要は,トランプが「ああいう人間」で,それを周囲が熱烈に支持しているのではなく,あの様な考え方が無視できないレベルまで広がっていて,それを体現した政治家として,「裸の米国」としてトランプという演者が表れた.「トランプは頭がおかしい」のではなく,市場のニーズを見極めた結果,聞こえの良い事を言っているだけ.単にトランプの否定は,米国の抱える問題構造,不平不満を抱える層から目を背けるだけで,最も問題のある選択だろう.トランプは最もポピュリストな政治家の一人であり,単にトランプの否定はポピュリズムの否定だとも云える.トランプを否定した所で,その背景には間違いなく不平不満が積もり積もっていて,問題構造の解決無しには,第二,第三のトランプはすぐにも表れるだろう.そして,次こそは破滅の象徴ではなく,破滅の具現になるだろう.

今の米国の状態,トランプとトランプ支持層を取り巻く熱狂,その構造は,1968年の大統領選と,それに出馬したアラバマ州知事ジョージ・ウォレスに物凄く似ている.かつて南部社会の政党であり,人種平等に強く反対していた民主党と,北部社会の政党であり,人種平等を掲げた共和党.しかしながら,全体としての流れは,やはり人種平等であり,公民権運動の高まりと共に,民主党は人種平等に反対する層の受け皿では無くなっていった.そこで,ポピュリスト政治家として,独立系候補として現れたのが,ジョージ・ウォレスだった.ジョージ・ウォレスは根っからの差別主義者ではなく,単にレトリックとして,政治の道具として,パフォーマンスとして「差別主義」を用いた.「今も明日も、そして永遠に人種は隔離する」というシンプルでセンセーショナルな決め台詞は,間違いなくポピュリズムの体現だろう.この様相は,今のトランプと何ら変わらない.ジョージ・ウォレスは,単にパフォーマンスとして,政治上のレトリックでポピュリスト政治家として機能したに過ぎないだろうが,しかしその結果としてポピュリズムのアンプになるリスクもある.ポピュリズムによるポピュリスト政治家の台頭は,それ自体は悪い事ではないが,そのフィードバックでポピュリズムのうねりを増し,集合知に於ける衆愚化の罠と云うリスクが容易に示現し得る.それが,1965年の「血の日曜日事件」だ.それでも,ジョージ・ウォレスの勢いは留まらず,1968年の大統領選では,南部投票率は異例の50%,結果的に大統領選ではリチャード・ニクソンに敗れたものの,かなりの善戦をしたと言って良いだろう.副大統領候補の「ベトナム戦争を終結させるためには核戦争の使用も辞さない」という発言が無ければ,勝っていてもおかしくなかっただろう.時を経て,民主党と共和党のスタンスは逆転しているが,やはり全体でみれば「グローバリズム」と「多様性」が主であり,「ローカリズム」と「孤立化」を求めるポピュリズムの受け皿は無い.トランプが共和党候補として出るのか,或いはジョージ・ウォレス(元は民主党系)の様に独立系候補として出馬するのか.トランプの支持者はアパラチア地方に多いという.1960年代当時,ジョージ・ウォレスを熱狂的に支持した地域であり,やはり今の流れは当時と酷似している.

米国では格差が広がる一方で,極めて歪な社会構造になっている.そして,その歪みの影響を最も受けているのが白人若年層で,それが白人至上主義的イデオロギーの台頭,人種による分極化,既得権益層へのポピュリズム,米国分裂のリスクになっている.保守層に於いて,その支持を一身に受けているのがトランプであり,リベラル派でも,シティサイド,特にエリート層はクリントンを支持している.予想通り,既得権益層(その予備軍も含め)はクリントン支持だが,格差の煽りを受けている層では,バーニー・サンダースを支持している構図になっている(ただ,今回は保守/リベラルという二軸より,どちらの層でも過激な層はトランプに,マイルドな層はサンダースにという構図がある).今回の米国大統領選は低俗な罵り合い,妻を巡る罵倒が頻発し,「米国らしくない」とか「美しくない」と云われているが,寧ろ今の米国をよく表しているんじゃないだろうか.米国は世界でも最もポピュリスト的な国家であり,ポピュリズムの功罪を最も体現している.欧州でも,理念が先行する形で,政治からのトップダウンでEUという共同体を形成したが,ポピュリズムの台頭は独立運動の機運を高めている.世界的なグローバリズムの逆流を,まさに世界的な国としての,その象徴たる米国が,最も体よく表している様に思う.グローバリズムの逆流は孤立主義への相転移を引き起こすか.ナショナリズム,セントラリズム,ローカリズムが台頭するか.某アニメでは,米国と云う国は,共和国と帝国に二分されていたが,割と尤もな世界観で,予想としても悪くないんじゃないだろうか.

かつて,第三次世界大戦は第三世界から示現する可能性が指摘されていたが,米国発である可能性は高いのではないだろうか.戦争は政治の延長であり,外交の延長である.優れた選択ではないが,切り札として存在する事で,合理的な利得を得られる.一方で,切り札である以上,それを選択する事は,必ずしも合理的ではないが,過去の戦争というのは,常にポピュリズムの結果であり,狭量で,局地的で,刹那的な選択の結果であった.トランプ自身がその選択を取るとは思わないが,トランプがアンプとなって,過去にポピュリズムの暴走が「血の日曜日」を生んだ様に,米国が暴走する事は十分にあり得る.トランプの言説は,結局中国のやっている事と同じで,内の貧困を解決する手段として,外への拡大を進め富を得ようとする帝国主義的気質以外の何物でもない.米国の総意では無いにしても,相当数のポピュリズムとして,その様な考え方があるという事は,リスクとして留意しとかなければならないだろう.

因みに,トランプはポピュリストが求める「独立する米国」を体現すべく,様々な発言をしている.在日米軍やNATOへの資金負担を巡る発言も,その意味では一貫している.しかし,米国の期待利得を最大化する為には,地政学的リスクと国際政治学的見地からの議論が不可欠な所,トランプの議論では完全に抜け落ちている.それは,ポピュリズムが陥りやすい,狭量で,局地的で,刹那的な選択をよく表しているだろう.例えば,在日米軍であれば,日本の観点はさておき,米国にとって,現状から少なくとも今後10年以上は,コスト以上のベネフィットがあり,世界的にも投資効率は極めて高い事は明らかだろう.極端な話,日本の「思いやり予算」が無かったとしても,その地政学的重要性を考えれば,在日米軍は投資対象だろう.リスクファイナンスとしては,安いものだ.単にコストだけをみて,係るリスクを考慮せずに期待利得に言及するのは浅はかとしか言い様が無い.日本の核保有にまで言及したが,国家間の戦略では,常にあらゆる可能性を想定し,一元的な状態を仮定してはいけないのに,仮に日本と敵対するリスクを考えているのだろうか.日本が米国の隷属下にあるのは,単にその絶対的優位性に起因するもので,それが解かれれば,純粋なライバルとして,米国は寧ろリスクに晒されるというのに.米国の選択の転換は,現実にはリスクファイナンスの放棄であり,衰退の始まりに過ぎないだろう.

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